水子供養

花に囲まれた水子地蔵
花に囲まれた水子地蔵

毎月24日には水子地蔵法要を行っています。

また、お申込みによる水子供養も行っています。

 

 慎福寺の水子地蔵尊は、かつてお子さんをなくされた方の御寄進により建立されました。

周囲には牡丹や芍薬などたくさんの花を植え込んでお地蔵さんにお供えしています。

 また、雛祭り、端午の節句、誕生日やクリスマスなどには亡き幼子をおもって菓子や玩具が供えられるのを見ていると「最上の供養とは死者があたかも生きているかのごとく接すること」という言葉を思い出します。

 

 お骨がある場合は納骨供養もできます。

 日時、供養料、その他につきましてはお電話にてお問い合わせください。

 

亡き人も一緒に生きている ~水子地蔵とお盆によせて~ (朋輪21号より)

 

 慎福寺に居を移してから、境内中央にまつられた水子地蔵尊にお参りする方が思いのほか多いことに気付きました。早朝の場合もあれば、夜の九時過ぎにお参りの方もいて、おそらく忙しい仕事の前後に来ているのだろうと想像しています。

 また、地蔵尊前にはひな祭りや端午の節句、そしてクリスマスの前後などには玩具やお菓子の供え物も増えて、それらを見ていると切ない気持になります。

 私たちにとって大切な人との死別ほど悲しく辛いことはありません。まして幼い子、いとしい子を亡くされれば、それこそ身を切られる思いでしょう。葬儀が終わり四十九日、一周忌、そして三回忌と時が過ぎてゆく中で、少しずつですがその悲しみが和らぐことはあっても消えけではないでしょう。

 仏教では常に悲しみの中にあってこそ、他人の悲しみや苦しみを深く理解できると説きます。それは仏教が説くより深く大きい悲しみや慈悲の心に近づく道です。

 法華経如来寿量品は、「常懐悲感 心遂醒悟」という一節があり、常に悲しみの心を抱いて嘆き悲しむうちに、必ず心は悟りに目覚めることができると説かれています。

 故人を偲びつつ、亡き人も自分も共に今を生きている、そんな思いでご参拝されることを願っています。